伊藤弘了@第八芸術観測哨

第八芸術=映画にまつわる閑話をお届けします(不定期配信)。

こんな方におすすめ

  • 映画や映像、メディア文化全般に興味のある方。

  • 映像作品から受けた印象を言葉に変える方法に興味のある方。

  • 独自の切り口から映画を鑑賞したり語ったりできるようになりたい方。

  • 既存の映画解説に飽き足らない方。

  • 「物語」に魅力を感じつつも、同時に警戒心を抱いている方。

  • TO THE HAPPY FEW

書き手について

映画研究者=批評家。1988年生まれ。愛知県豊橋市出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。現在は熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。「國民的アイドルの創生――AKB48にみるファシスト美学の今日的あらわれ」(『neoneo』6号)で「映画評論大賞2015」を受賞。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所、2021年)がある。

伊藤弘了『仕事と人生に効く教養としての映画』PHP研究所、2021年

伊藤弘了『仕事と人生に効く教養としての映画』PHP研究所、2021年

過去のWEB連載:
感想迷子のための映画入門(集英社「よみタイ」)
よくばり映画鑑賞術(毎日新聞「ひとシネマ」)

よくある質問

●映画研究者や批評家は映画を純粋に楽しめていないのではないですか?

ある意味ではその通りです。映画の感動的な場面を前にして「ここでカットが入ってカメラを引いている、音楽が流れ始める、なるほどあえて表情を見せないようにしているのか」などと考えながら分析的に見るわけですから、一般的な映画体験とはずいぶんと趣を異にすることになるでしょう。しかし、世の中にはそれこそが映画を見る喜びだと信じているタイプの人間がいます。

そもそも、映画を「純粋に」楽しむとはどういうことでしょうか(この種の議論に知的好奇心を刺激される方には特に強く読者登録をおすすめします)。わたしたちの視線は文化的・社会的に構築(あえて露悪的な言い方をすれば汚染)されています。たとえば(わたし自身は免許を持っていませんが)車で交差点に進入する際、わたしたちはほとんど無意識のうちに信号機を確認し、左右を見渡して安全を確保します。視界には無数の情報が入っているはずですが、すべてを等価に見ているわけではなく、瞬時に取捨選択をして、信号機の色(その意味を瞬時に読み取ることができます)や歩行者の有無といった重要な情報だけを的確に取り出しています。

このように、わたしたちの視線には“オートフォーカス機能”が備わっているわけですが、それはとりもなおさず、わたしたちの視線が文化的・社会的に飼い馴らされていることを意味します。人間社会のなかで他者とともに生きていくためには、無垢な視線を捨て去らなければならないのです。

文化や社会によって、知らず知らずのうちに、わたしたちは状況に応じた適切な視線の使い方を強いられています。もちろん映画を見るときも同様です。スクリーンに投影される光を無言で見続け、そこに物語を読み取り、あまつさえ登場人物に感情移入して笑ったり涙を流したりするというのは、諸々の前提を共有していない人間(たとえば平安時代の人?)の目にはきわめて奇異に映ることでしょう。映画を見る(わたしはこだわりをもって「観る」ではなく「見る」を使っています)ことは、そもそも不自然な営為なのです。

とはいえ、現実には多くの人がごく普通に映画を娯楽として楽しんでいます。その人たちに向かって「映画を見るという経験はそもそも不自然なんですよ」「純粋な視線なんてないんですよ」と言ってみたところで、余計なお世話だと一蹴されるのが関の山です。当然のことながら、映画の見方に押しつけるべき正解などありません。逆に言えば、どのように見てもいい。つまり、あれこれと小難しい理屈をこね回して悦に浸ってもいいわけです。

そうした迂回路を経てはじめて、わたしは、たとえば『君の名は。』(新海誠監督、2016年)を見て泣くことができるようになるのです。『君の名は。』は、私見ではアニメーションについてのアニメーションです。もっと言えば、なぜ人がアニメーションという作り物を見て感動できるかを描いた作品です。詳細は別の機会に譲りたいと思いますが、そのような認識をもって作品に臨むと、物語や細部の意味がより際立ち、感動の度合いが深まります(ちょうどつい先日も、大学の授業で『君の名は。』を取り上げて講義しているときに涙ぐんでしまいました)。自分で自分の解釈(物語)に酔っているみたいで、むしろ不健全に見えるかもしれません(自覚はあります)。ですが、わたしにはこのような(陰謀論と境を接するような)映画との向き合い方こそが、より自然で、より純粋なものに感じられるのです。

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