この映画を見よ:瀬々敬久『ラーゲリより愛を込めて』|観測再録 #5
僕自身は間違いなく「戦争を知らない子供たち」の世代に属する(何ならその子供たちのさらに子供たちの世代である)。
もちろん、いまでも世界中で戦火は絶えないわけだが、幸運にも僕が戦争を直接経験していないことは間違いない。しかし、僕の存在は間違いなく戦争の延長線上にある。
つい先日、満州事変の2年後にあたる1933(昭和8)年生まれの父方の祖母(現在93歳)の話を聞く機会を得て、改めてそのことを痛感した。
ヒトラーがドイツの首相に就任したのは、祖母が生まれた直後の出来事である。
終戦時に12歳だった少女が何を経験したのか。本日10月8日(木)20:00にプレミア公開予定の下記YouTube動画を、ぜひご覧いただきたい(わずか7分の動画である)。
祖母が日本国内で終戦を迎えられたのに対して(出征した祖母の兄は2人戦死している)、母方の祖父は兵士として満州に滞在していた。そしてソ連軍の捕虜となり、シベリアの収容所に強制連行された「シベリア抑留者」である。
2022年12月9日(太平洋戦争開戦の翌日の日付)に公開された瀬々敬久監督の『ラーゲリより愛を込めて』は、シベリア抑留者たちの過酷な状況を描く、実話に基づく劇映画である。
公開当時に僕が寄稿した映画評は、ありがたいことに監督本人の目にもとまったようで、こちらの映画への応答に、再応答してくださった。

終盤の文章に感銘を受けました。
もう劇場公開も終わりに差し掛かっていますが、つい先日、シベリア抑留経験者の祖父が亡くなったばかりで、映画に絡めて最後に個人的な思いも書いています。
https://t.co/21zN5LTP6H
僕がこの映画についてまとまった文章を書こうと思い立ったのは、映画公開中にシベリア抑留の生還者である祖父が亡くなったからである。最後に全体に対して決して少なくない分量を割いて私的なエピソードを開陳しており、映画批評家が書くものとして褒められたものではないことは自覚しているが、しかし、こと、この作品に関してはその個人的な体験こそが重要だったとも感じている。監督がまさにその部分に触れてくださったことがそれを傍証していると思う。
とはいえ、映画の評価がそうであるように、その成否はあくまで読者それぞれに委ねられるべきものだろう。
京都の舞鶴港に最初の引き揚げ船「雲仙丸」が入港した1945年10月7日にちなんで制定された「舞鶴引き揚げの日」の翌日に、この映画評を世界に送り返す。
133分に流れる77年——『ラーゲリより愛を込めて』と記憶の継承
【初出:2023年3月29日「よくばり映画鑑賞術」『ひとシネマ』(毎日新聞社)】
映画は時間を伸び縮みさせることができる。
一口に「時間」と言っても、いくつかの種類がある。もっともわかりやすいのは上映時間である。一般的な長編映画であれば、おおよそ90分から120分前後の時間に収まる。映画批評では、しばしば「あと10分短ければ傑作になった」というような表現が用いられる。冗長で間延びした印象を与えてしまっていることを批判する際の常套句である。量産体制下で製作されたハリウッドのB級映画や、日本のプログラムピクチャーを愛好する映画ファンの間では「1本の映画は90分以内に収まるのが望ましい」といった趣旨のことが言われもする。
映画の時間、観客の時間
もちろん、2時間や3時間の上映時間を持つ映画がすべてダメというわけではない。その映画の内容にふさわしい長さであることがなにより重要である。時間としては同じでも、つまらない映画を見ているときの2時間と、おもしろい映画に没頭しているときの2時間とでは、主観的な長さが異なる。苦痛を感じているときは2時間が3時間に感じられるし、逆に夢中になっているときは3時間があっという間に感じられる。そのような経験に覚えのある方は少なくないだろう。たとえば207分(実に3時間半近くである)の上映時間を持つ『七人の侍』(黒澤明監督、1954年)が名作として語り継がれているのは、多くの観客が後者の体験をしているからにほかならない。
観客の主観的な時間感覚に影響をあたえる要素のひとつに、劇中で描かれる時間の長さがある。『5時から7時までのクレオ』(アニエス・ヴァルダ監督、1962年)のように映画の上映時間と劇中の経過時間がほぼ一致する映画もあるが、そうした作品の方がむしろ例外的だろう。多くの映画は数日から数年、あるいは数十年の幅を2時間の〈器〉に収めている。一方で、なかには『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、68年)の冒頭のように、あるショットから次のショットへ切り替わる間に数百万年を経過させてしまう例もある。
映画は上映時間と劇中の経過時間を巧みに操作しつつ、もちろん、ストーリーやショットのおもしろさを駆使して、観客の主観的な時間に影響を及ぼし、心を揺さぶろうと試みるのである。
133分に流れる77年——1945年〜2022年
『ラーゲリより愛を込めて』(瀬々敬久監督、2022年)の上映時間は133分で、劇映画としては少し長い部類である。とはいえ一般的な範囲に十分収まっている。劇中の経過時間は1945年から2022年までの77年間である。ただし、2022年のシーン(映画の現在時)は最後に短く置かれているのみで(それが重要なのだが)、実質的には終戦直前から主人公がシベリアの収容所(ラーゲリ)で過ごした約10年間が描かれている。
映画は満州国のハルビンで行われている結婚式のシーンで幕を開ける。時は1945年の8月、広島に新型爆弾(原爆)が投下されて、いよいよ終戦が目前に迫っている時期のことである。主人公の山本幡男(二宮和也)は、妻のモジミ(北川景子)と4人の子どもとともに結婚式に出席している。戦況が思わしくないのはもはや誰の目にも明らかであり、彼らのいる満州に、いつ戦火が及んでもおかしくない状況である。しかし、山本は「素晴らしい門出だ、素晴らしい結婚式だ」と言って若き新郎新婦を祝福する【図1】。

【図1】妻のモジミ(北川景子)に向かって「素晴らしい結婚式だ」と言う山本幡男(二宮和也)。
このとき、山本の長男・顕一の顔のショットが短く挿入されている点を見逃してはならない【図2】。彼の存在こそが、映画が時間を飛び越えるための鍵となっているからである。

【図2】「素晴らしい門出だ」という言葉に反応して父の方に視線を向ける長男・顕一。